不登校になったきっかけを振り返って

親の気持ち

子どもが不登校になると、
「何が原因だったのだろうか」
「もしかしたら自分のせいなのかもしれない」と悩む親は多いと思います。

私も子どもが不登校になったとき、「なぜこうなってしまったのか」をずっと考えていました。

今考えてみれば、子どもたちが不登校になる前から私はすでにずっとキャパオーバーの状態だったように思います。

今でも明確な答えは出ていませんが、
振り返ると、少しずつ歯車がずれていった結果だったのではないでしょうか。

これは誰かを責める話でも自分を責める話でもなく、ただ正直に振り返った記録です。

不登校の原因は親の余裕のなさだったのか

離婚してから、一人で育てるにはがむしゃらに仕事をするしかなく、
忙しさにかまけて子どもたちとじっくり向き合ってこなかった自覚があります。

子どもに金銭的な苦労だけはさせたくなくて、無理をしてでも働いていました。

仕事から帰って、ご飯を作るだけで精一杯でした。
正直、それ以上のことをする余裕は残っていませんでした。

子どもに寄り添いたい気持ちはあるのに、体も気持ちもついていかない。
そんな状態でした。

当時子どもたちに向けてよく言ってしまっていた言葉があります。

「ママは疲れてるから今は話したくない。あっち行ってて」

言いながら、可哀想だなとは思っていました。
でも止められなかった。
毎日生活するのに必死で、子どものことまでケアする余裕はどこにもなかった。

あの頃、正直に言うと、子どもを育てるのは生んだから仕方ないというただの義務感でした。
何で私ばっかりって思っていた。
今思うと、私自身がいっぱいいっぱいで、誰にも助けてもらえない状況に追い詰められていたんだと思います。

子どもに優しくしたい気持ちはあった。でも優しくする方法がわからなくなっていた。
そのことがずっと頭から離れませんでした。

不登校になる前に見逃していたサイン

あの頃、子どもがどんな顔をしていたかあまり思い出すことができません。
寂しそうな、悲しそうな顔をしていたかもしれません。

当時の私はそれすら見る余裕がなかった。
少しずつ日々の態度が反抗的になっていったことには気づいていましたが、
なぜそうなってしまったのかまでは分かりませんでした。

手伝いを頼んでも嫌がるようになった。
約束を守らなくなった。
少しのことでもいつも言い合いになった。

当時の出来事ですが、初めは何かを注意したことがきっかけでした。
途中で子どもがすごく怒りだしたため言い合いとなり、
「くそばばあ」など汚い言葉で罵ってきたため、
私も頭に血が上ってしまい、手が出てしまったこともありました。

今思うと、あれは子どもだけが悪かったわけじゃない。
私も限界だったし、お互いに追い詰められていた。
でもあの頃はそんなふうに冷静に見られなかった。
私も限界だったから助けてほしかったのに、助けてくれない。
そのたびに憎しみのような気持ちが強くなっていきました。

後から気づいたのですが、
親子の信頼関係が築けていないと子どもに言葉が届きにくくなります。
指示が入りづらくなる、反発が増える。
あの頃起きていたことは、そういうことだったんだと今は思っています。

向き合えなかったのは、向き合いたくなかったからではなく、向き合う余裕が私になかったからでした。
また、向き合うことができていないことに気付いた時には向き合い方も分からなくなっていました。
でもその結果、子どもとの関係が少しずつ壊れていったのは事実だと思っています。

環境の変化(離婚・転校)が与えた影響

私の場合、子どもたちに何度も環境の変化を経験させてしまいました。

離婚したこと、引っ越しをしたこと、転校させてしまったこと。
自分の都合で子どもたちを振り回してしまったという感覚は、今でも残っています。

すべて環境が良くなるように考えて行動したつもりでしたが、
良くなるどころか、状況はさらに悪くなっていきました

余裕のない親と、環境の変化が重なった。
それが少しずつ子どもに影響を与えていたのかもしれないと、今は思っています。

子どもたちにとって、親の都合で環境が変わることがどれだけ負担だったか。
当時はそこまで考える余裕がなかったのが正直なところです。

不登校の原因はひとつではない

振り返ってみると、思い当たることはいくつかあります。
でも子どもの不登校は、ひとつの原因だけで起きるものではないことも多いです。

子どもの性格もあるし、学校環境もある。
すべてが私のせいだったかどうかは、正直今でもわかりません。
今になって子どもたちと話していても、やはりなぜ学校に行けなくなってしまったのかははっきりしません。

だけど一つだけ言えるのはあの頃の私は自分のことしか見えていませんでした。
私がこんなにつらくて大変なのになんで?
常にそう考えていたように思います。

今振り返ると、自分にとって子どもにとってどうしたら最善かをよく考えもせず、
状況に押されて動いていた気がします。流されるように動いていた。
きっとあの時の私にとっては最善だと思っていたけど、今思うともっと立ち止まって考えられたらよかったと思うことがあります。

向き合えなかった時間があったことは事実です。
それは受け止めながら、過ぎてしまったことはもう戻らないので、今できることをしていこうと思っています。

今は子どもたちとの関係は良好です。あの頃があったから、今が嬉しい。

不登校の原因を考えるときに大切だと思うこと

不登校の原因は、ひとつに特定できるものではないことが多いです。

親の関わり方、子どもの性格、学校環境、タイミング。
いくつもの要素が重なって起きていると感じています。

だからこそ、「誰か一人のせい」にする必要はないと思っています。

私自身、長い間「私のせいだ」と思い続けていました。
でもそう思い続けても、過去は変わらないし、子どもが楽になるわけでもなかった。
自分を責めることに使っていたエネルギーを、目の前の子どもに向けていけたら少し違ったかもしれないと今は思っています。

振り返ることは無駄ではありませんが、
自分を責め続けても、過去を悔やみ続けても何も変わらないのです。
それ以上に大切なのは、これからどう関わっていくかだと思っています。

この記事が、同じように過去を振り返って苦しくなっている親御さんの少しの安心につながれば嬉しいです。

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