母を毒親だと思っていた私が、自分の子育てを振り返った結果

実体験

「毒親」という言葉を初めて聞いたとき、どう思いましたか?

最初は「自分の親のことだ」と思いました。
でも途中から、「もしかして自分も?」に変わりました。

毒親とは何か

そもそも毒親って何なの?って思う方もいると思います。

毒親って、特別ひどい親のことだけじゃないと思っています。
暴力や暴言がなくても、子どもに興味を持たない。
気持ちを無視する。
親の都合を優先し続ける。

そういう関わり方も、子どもにとってはしんどいものになる。

子どもにとって「毒になる関わり方」をする親だと思っています。
親に悪気がなくても、そうなってしまうことはある。

私の母が毒親だったかもしれない

私の母は、自分の意に沿わないことがあるとすぐに不機嫌になりました。
私が間違ったことをしたとき、怒りをそのままぶつけてくる。

小さい頃に、理由は覚えていませんが、怒られて電話の子機を投げられたことがあります。
壊れたのは母が投げたからなのに、「お前のせいで壊れた」と怒られました。

「子どもは親の付属物だ」と言われたこともありました。
当時、この言葉を聞いたとき衝撃を受けました。
私が親になって考えてみても、「子どもは親の付属物」だと思えません。

私を置いて遊びに行っていることが多くて、ほとんど家にいなかった。
寂しかったかと聞かれると、そういうものだと思っていたので当時はよくわからなかった。

母は「あんたは何を着せても似合わない。」など、けなすような言葉をかけてくることはあっても、私を褒めることはほとんどありませんでした。
時々、人前では「この子すごいでしょ」と言うこともありました。
でもそれは、私を誇りに思っての言葉ではなかったと思います。
「頑張ったね」と言われた記憶は、ほとんどありません。

私が少しずつ自信を持ち始め周りから褒められることが増えると、
「あんたはそんなに可愛くないよ、勘違いするといけないから」と言われたこともありました。
娘を下げることで自分を上げようとしていたのかもしれません。

今思うと、コントロールされていた感覚がありました。

自分が親になってから、気づきました。
子どもが生まれてから、自分の贅沢よりも子どもにお金を使いたいと思うようになった。
母はそうじゃなかった。
私が当たり前だと思っていたものは、当たり前じゃなかった

それでも、感じたことは本物だった

母は亡くなりました。

時間が経つにつれて、記憶もどんどん薄れていきます。
母ってどんな人だったっけ、と思うことが増えてきました。

そうなると、本当に母が変だったのか、自分の受け取り方が悪かっただけなのか、分からなくなることがあります。

でも一つだけ確かなことがあります。

あの頃感じた「寂しかった」「怖かった」「大事にされていなかった」という気持ちは、本物でした。
母がどんな人だったかに関係なく、私がそう感じたことは事実です。

私はずっと母に嫌われていると思っていた。
そのことを大人になって母に伝えたことがあります。
しかし、結局は母は言い訳をするだけで謝ってくれることはありませんでした。

毒親育ちだと、子育てにどう影響するのか

毒親に育てられると、自分が親になったときに困ることがあります。

愛情の示し方がわからない。
私は子どもに対して「好き」となかなか思えませんでした。
我が子なのに、愛情より義務感が先に来てしまっていた。
母から「頑張ったね」と言われた記憶がほとんどなかった。
褒め方も、愛情の伝え方も、見たことがなければわからないんだと思います。

娘に「お母さんは褒めてくれない。」そう言われたことがあります。

子どもとの距離感がわからない。
近づきすぎても怖いし、離れすぎても罪悪感がある。
どのくらいの距離感が「普通」なのか、基準がなかった。

感情のコントロールが難しい。
何かあるとヒステリックになってしまうことがありました。
自分でも嫌だとわかっている。でも止められなかった。
母も同じだったと、後から気づきました。

私は満たされていないまま親になっていたと思います。
子どもの頃に得られなかった愛情や承認を、ずっと求めていました。
その満たされなさが、子どもへの関わり方に影響していたと思います。

その状態からどう変わっていったのかは、別の記事で詳しく書いています。

大人になってから気づいた影響

毒親育ちの影響は、大人になってからも続きました。

仕事でも、人間関係でも、「嫌だ」と言えなかった。
しんどくても、もう限界でも、「頑張らなきゃ」と無理をし続けてしまう。

子どもの頃から、自分の気持ちより相手の顔色を優先してきたから。
「嫌だ」と言ったら関係が壊れると、どこかで思っていたから。

自分の気持ちを後回しにすることが、いつの間にか当たり前になっていました。

何かうまくいかないと、真っ先に自分を責めてしまう癖もありました。
仕事でミスをしても、人間関係がうまくいかなくても、原因は全部自分にあると思い込んでしまう。
子どもの頃から、そう刷り込まれてきたからだと思っています。


気づいたことで変われたこと

「自分が毒親になっているかもしれない」と気づいても、すぐには変われませんでした。

何からすればいいのか分からない。
今更態度を変えることへの照れもあったし、拒否されるのが怖かった。
話しかけようとして、やめたこともありました。

でも、手遅れになりたくなかった。

私は母に対して、もう関係を修復したいと思えなくなっていました。
子どもの頃に歩み寄ろうとしたこともあったけど、それを望まなかったのは母でした。
親子だからといって、どんな扱いをしてもずっと「親子」でいられるわけじゃない。
自分がそうだったから、わかっていました。

子どもたちには同じ思いをさせたくなかった。 その気持ちが、少しずつ行動を変えていきました。

最初にやったのは、「可愛い」と伝えることでした。
「好き」とはなかなか思えなかったから、言えなかった。
でも「可愛い」とは思っていた。
嘘じゃないその一言だけを伝えることから始めました。

まとめ

毒親という言葉は、自分の親のことだと思っていました。
でも気づいたら、自分も同じことをしていた。

形は違っても、愛情の示し方がわからないまま親になっていた。
子どもより自分を優先していた時期があった。
ヒステリックになってしまうことがあった。

それに気づいたとき、絶望しました。
あんなになりたくなかったのに、と。

当時どんな状態だったのかは、別の記事で詳しく書いています。

でも、気づいたことで変われた部分もあります。

毒親育ちだからといって、必ず同じことを繰り返すわけではない。
知らなかったからできなかっただけで、知ってからは変えられることもある。

「自分が毒親かもしれない」と気づいて、この記事を読んでいるあなたは、すでに変わろうとしている人だと思います。
気づくのはしんどいです。正直、見たくない部分だから。

私は「可愛い」、この一言から始めました。

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