これは、私が息子を児童相談所を通じて施設に入れた話です。
本当は施設に入れなくても出来ることはあったんじゃないかって思うことはあります。
でも当時の私には、それしかできなかった。
振り返っても、あの頃の自分を責めすぎないようにしています。
ただ、同じことをしてほしくないから、正直に書きます。
限界だったあの頃
息子がゲーム依存のようになって、ご飯もあまり食べなくなって、
どんどん痩せていった頃のことです。
当時の息子の様子は、別の記事に詳しく書いています。
学校に行くと言って家を出たのに、
実際は学校に行っていなかったこともありました。
生活があるから仕事を休んでずっと息子に寄り添うことは難しい。
学校に行くと言って行っていないなんてことがこれからも続けば仕事にも支障が出る。
そのときにもう限界かもしれないと感じていました。
決定的だったのは、ゲームのことで喧嘩したとき、
息子が壁を殴って穴を開けたことでした。
このまま家庭内暴力につながるかもしれない。
私は仕事があって家を空けることも多い。
そのはけ口が妹である娘に向く可能性もある。
そう考えたとき、施設に入れるという決断をしました。
児童相談所に相談するまで
実は、息子が保育園の頃にも育児が辛くて児童相談所に相談したことがありました。
だから相談するハードルは低かった。
息子が不登校になってしばらくして、
「自分で育てない方がいいのかもしれない」
と悩み始めて、また相談するようになっていきました。
不登校になる前から、私はすでに追い詰められていたんだと思います。

息子には事前に話していた
施設に入れることは、突然決めたわけではありませんでした。
息子が学校に行かなくなり始めた頃から、
「ママも余裕がなくてしんどいから頑張って欲しい」
と話していました。
それでも状況は変わらなくて、
「このままだとママはもう面倒見れないから施設に行くしかなくなる」
と何度も伝えていました。
もちろん息子は嫌がっていました。
喧嘩して
「そんなに文句があるなら出て行け」
と言っても、出て行かなかった。
「ママが出て行け」
と言われたこともある。
最終的には、学校からそのまま施設に連れて行ってもらいました。
帰ってきてから説得してもダメだと思ったから。
息子がどんな反応をしたか、私は見ていません。
それぐらい、私も限界だったんだと思います。
施設に入れた後の気持ち
入れてすぐは、少し楽になりました。
でもしばらく経つにつれて、後悔するようになっていきました。
息子のことを思い出すたびに、胸が痛かった。
面会はあまりしませんでした。
息子の状態が落ち着くまで待っていた部分もありましたが、
私自身もどんな気持ちで会えばいいのか分からなかった。
施設に入れた身で自分の方から会いたいなんて言えなかった。
息子のことは忘れられなかった。
でも息子は日常では娘に当たり散らしたり、
理不尽なルールを押しつけてしまうことが多かった。
娘との喧嘩の仲裁に入ると、息子から
「俺ばっか怒られる」
と言われていた。
そんなつもりはなかったけれど、息子からはそう見えていたらしい。
息子への後悔を抱えながら、目の前の日常にも疲れ果てていた。
あの頃の私は、どこにも気持ちの置き場がなかった気がします。
息子が施設にいた間、娘とは少しずつ関係が改善していきました。
息子がいなくなって余裕ができたことで、
娘と向き合えるようになっていった。
それは事実です。
でもそれは、息子と離れた代わりに得たものでした。
引き取ることを決めた理由
息子が施設にいたのは一年半ほどでした。
引き取るきっかけは、娘が
「元いた場所に帰りたい」
と言い出したことでした。
娘の言葉で
「あ、帰っていいんだ」
と気づかされました。
これ以上、私の都合で子どもたちを振り回してはいけないと思っていました。
だけど一人で育てる勇気もなかった。
だから「帰る」という選択肢はありませんでした。
離れている期間が長くなったら、
もう「親子」には戻れなくなるかもしれない。
そう思いました。
振り回すだけ振り回して、ひどいと思う。
本当に自分勝手だなぁと思います。
でも自分で育てたかった。
その気持ちが強かった。
息子に一緒に帰るか聞いたら、帰ると言ってくれました。
施設から戻ってからのこと
息子には何度も、私の気持ちを伝えました。
捨てたわけじゃないこと。
ずっと大事に思っていること。
でもあのまま一緒にいたら、お互いを嫌いになってしまうと思ったこと。
息子が納得してくれているかは分かりません。
ずっと心の奥底では許せない気持ちを抱えて生きていくかもしれません。
私にできるのは、これから先、少しずつ支えていくことくらいだと思っています。
引き取った後も、しばらくはぎこちなかったし、何度も喧嘩しました。
感情的になって、
「そんなに文句を言うなら施設に帰ったらいい」
と怒ってしまったこともあります。
そのたびに自己嫌悪でした。
次に施設に入れてしまったら、息子がさらに傷つくのは分かっていました。
だから、もう二度と同じことはしたくなかった。
私の母が関わってくることでさらにもめることもあって、
落ち着くまでにはかなり時間がかかりました。
施設から戻った後、私を信じられるようになるのに時間がかかったと思います。
喧嘩した後に何時間も話に付き合わされることがありました。
息子なりの想いを語ってくれるんですが、話がかみ合わないことも多かった。
今思うと、見捨てられた不安が強くなっていたのかもしれません。
何度もぶつかってきたのも、試すような行動だったのかもしれない。
それでも、入れるしかない状況はあると思います。
ただ、戻ってきた後すぐにうまくいくわけではありませんでした。
今、あの頃を振り返って
今の息子との関係は良好です。
あの頃のことを息子がどう思っているか、深くは聞けていません。
でも、一緒に過ごせる時間を、
少しずつ取り戻している感覚があります。
施設に入れることを考えている親御さんに伝えたいのは、
追い詰められるまで一人で抱えないでほしいということです。
私はもっと早く、もっといろんな形で助けを求めればよかったと思っています。
帰ってきてからはやはり学校に行けなくなってしまいましたが、
落ち着いて行くにつれ少しずつ通えるようになりました。
春からの進学先も決まりました。
あの頃とは別人のように落ち着いています。
完全に元通りになったわけではないけれど、一緒に前に進んでいる感じがします。
施設に入れることが正解だったとは、今でも言い切れません。
でも、あのとき限界だったことも事実です。
だからこそ、同じように追い詰められている人には、
限界を超える前に誰かに助けを求めてほしい。
この記事が、そのきっかけのひとつになればと思います。



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