娘も不登校になった|経験があっても、うまくいかなかった

親の気持ち

息子の不登校で、私はさんざん失敗した。

だから娘が行き渋り始めたとき、
「同じことは繰り返さないようにしよう」
と思っていました。

でも実際は、やっぱりうまくいかなかった。

やり方を変えても、気持ちがついていかなかった。

これは娘が小5で不登校になったときの、正直な記録です.

突然、行き渋りが始まった

娘が学校に行き渋り始めたのは、小5のときです。

息子も同じ、小5のときに不登校になっていました。

「また始まった」

本当にまた始まった気がした。

娘には、発達の特性もありませんでした。

それまで普通に学校へ通っていたし、
私は「まさか娘まで」と思っていました。

だから、「なんで?」という気持ちが強かった。

娘自身に聞いても、「わからない」と言っていました。

最近改めて聞いても、やっぱり「わからない」と言います。

理由があるというより、
気づいたら行けなくなっていた。

そんな感じだったのかもしれません。

人との関わりに、不器用なところはあったのかもしれません。

幼少期、先生から
「同年代の子より、大人と遊びたがることが多い」
と言われたことがありました。


息子の失敗があったから、無理に行かせるのをやめた

息子が不登校になったとき、無理に行かせようとしてお互いに疲弊しました。
親子関係がおかしくなって、取り返しのつかない状態になった。
息子との関係がどうなったかは、この記事に詳しくまとめています。

だから娘が行き渋り始めたとき、同じことはしないと決めて、成り行きに任せることにしました。

でも娘は結局、丸一年学校に行きませんでした。

やり方は変えられた。でも気持ちの部分は変えられなかった。
「学校に行けない、行かないのはおかしい」
という考え方が根本にあって、
娘の状況をなかなか受け入れられなかった。

同じ不登校でも子どもによって全然違う。
だから誰かの成功例がそのまま使えるとは限らない。
娘の不登校はそれを教えてくれました。


受け入れられないまま、距離を置いていた

不登校を受け入れられていないまま会話をすれば、
ひどい言葉をかけてしまいそうで怖かった。
だから距離を置いていました。

息子のときは感情的にぶつかってしまった。
同じことを娘にはしたくなかったから。

今思うと、私はただ現実逃避をしていただけでした。
距離を置くということは、向き合えていないということでもありました。

あの頃は、
「これでいい」
と自分に言い聞かせていました。
関係が壊れるくらいなら、距離を取った方がいいと思っていた。

でも本当は、どう関わっていいのかわからなかっただけでした。
何を言っても間違えそうで、怖かった。

娘のことを考えないようにしていた時間もありました。
考えてしまうと、どうしていいかわからなくなるから。

娘とはぎくしゃくした時間が続きました。

その頃の娘は、気力がない感じでした。
「学校に行かないなら」
家でゲームもさせないようにしていたときもあったけれど、
息子みたいに反発するわけでもなく、静かに受け入れていた。
でもそれが逆に心配で、どう接していいかわかりませんでした。

息子の不登校と娘の不登校は、様子が全然違いました。
息子はゲームにのめり込んでいた。
でも娘はゲームにのめり込むわけでもなく、
ただ引きこもっているという感じでした。


娘も施設に入れたいと思ったことがあった

正直に言うと、
娘にも施設に入れたいと言ったことが何度かあります。

息子に続いて、娘まで不登校になった。

やっぱり私は、
子どもを育てない方がいいのかもしれない。

本気でそう悩みました。

でも、結局できませんでした。

息子を施設に入れたことを、
私はずっと後悔していたからです。

同じことを娘にはできなかった。

息子の経験があったから、踏みとどまれた部分がありました。

失敗していなかったら、
私は同じことをしていたかもしれません。

正直、娘を見る余裕がなかった

娘との関係が少しずつ変わっていったのは、息子が家を離れてからのことでした。

息子がいなくなって、少しずつ余裕ができてきた。
娘と過ごす時間が自然と増えていきました。

娘からしたら、
自分が生まれた時には、すでに兄がいた。

初めて二人きりで長く過ごした時間だったのかもしれません。

何がきっかけだったのかは、覚えていません。

でも気づいたら、
娘との空気が少しずつ変わっていました。

息子のことで頭がいっぱいだった頃は、娘のことまで向き合う余裕がなかった。
余裕ができて初めて、娘と向き合えるようになった気がします。


今、娘のことを振り返って思うこと

娘の不登校の理由は、今でもわかりません。
娘自身もわからないと言っています。

だけど、理由がわからないまま行けなくなることもある。
それが現実だと思っています。

息子の失敗があったから、娘には同じことをしなかった部分もありました。
でも受け入れる気持ちの部分は、やっぱり追いついていなかった。

やり方だけ変えても、
気持ちが変わらないと子どもには伝わってしまうのかもしれない。
今振り返ると、そう思います。

息子のときも同じように悩んでいました。
そのときのことは、こちらの記事にまとめています。

娘が少しずつ学校に行けるようになったのは六年生のときでした。
最初は保健室登校から始めました。

きっかけが何だったかは正直わかりません。
ただ、友達が待っていてくれたことが大きかったのかもしれません。
保健室に友達が会いに来てくれたりして、少しずつ教室に戻っていきました。

私が変えたというより、

娘自身と、周りにいてくれた友達の力の方が大きかった気がします。

親にできることには限界がある。

そう感じた出来事でした。

今の娘との関係は、とても良好です。

恥ずかしながら、

時々、私と同じ布団で寝たがることもあります。

一時期は兄妹仲もすごく悪かったけれど、
今では周りから「仲いい家族だね」と言ってもらえるようになりました。

一時期は兄妹仲も悪かったので、

こんな日が来るとは思っていませんでした。

あの頃の家族の姿を知っている人には、信じられないと思います。
私自身も、こんな日が来るとは思っていませんでした。
距離を置いていたあの頃の娘が、今こうして私のそばにいてくれる。
それだけで十分だと思っています。

あの頃のことを思うと、もっと早く向き合えていたらと思うこともあります。
でも今がこうであれば、それでいいと思っています。

あの頃の娘のことを思うと、

もっと早く向き合えていたらと思うこともあります。

でも今こうして、娘が私のそばにいてくれる。

それだけで十分だと思っています。

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