不登校で一番しんどかったのは、最初じゃなかった話

実体験

子どもが不登校になった時。
いつが一番しんどいと思いますか?

「最初が一番大変だった」という人もいます。
でも私は、少し経ってからの方がしんどかったです。

色々試して、全部うまくいかなかった。
子どもとの関係もギクシャクしていた。
次の日が来るのが憂鬱で、何も考えたくなかった。
ずっと布団にこもっていたかった。

この記事では、不登校の時期ごとのしんどさと、私が一番きつかった時期について正直に書きます。

初期──どうにかしなきゃで頭がいっぱいだった

子どもが突然学校に行かなくなって、パニックから始まりました。
私は「学校は行かなきゃいけないもの」だと思い込んでいたので、
その事実をなかなか受け入れられませんでした。

そして、とにかく焦っていました。

いくら考えても答えは出てこない。
子どもたちに聞いても、これと言った答えは返ってこない。

どうにかしなきゃ。早く学校に戻さなきゃ。
だけどどうしたらいいか分からない。
原因を探して、ネットで調べて、何が正解か分からなくなる。

「無理に学校に行かせてはいけない」という意見もあれば、
「早めの対応が大切」という意見もある。
どれを信じればいいのか分からないまま、とにかく動き続けていました。

今思うと、あの頃は恐怖で動いていた気がします。
立ち止まると怖かったから、何かしていないといられなかった。

今思えば、あの頃の私は「どうにかしなきゃ」で動きすぎていました。
子どもの気持ちを見るより、自分の不安を消すことばかり考えていた気がします。

何をやってもダメで、何もしなくてもダメな気がしていました。
正解がないまま、ずっと間違い続けているような感覚でした。

中期──これが一番しんどかった

初期の焦りが落ち着いてきた頃、別のしんどさが来ました。

色々試した。でも全部うまくいかなかった。
取り上げる、制限する、話し合う、交換条件を出す。
思いつくことは全部やった。
それでも何も変わらなかった。

子どもとの関係もギクシャクしていた。
息子とまともに話せない日が続いていた。
家の中の空気が重くて、帰るのが憂鬱だった。

ある日、息子に「学校どうするの?」「このままでいて将来はどうするつもりなの?」
と聞いたことがありました。
返ってきたのは「別に」の一言だけでした。
そのあとも何度聞いても「知らない」「分かんない」
挙句の果てには怒りだしてしまいました。

自分のことなのに、他人事のように感じてしまって、少しイラッとしてしまっていました。
でも今なら、息子も何も考えられなかったんだと分かります。

何を聞いてもダメなんだと思いました。
どう関わればいいのか、本当に分からなくなりました。

仕事も行きたくない。 でも行った後は、家に帰りたくない。
家事もしたくない。何もしたくない。
布団にこもっていたかった。

次の日が来るのが憂鬱で、朝が来るたびに「また今日も」と思っていました。

あの頃は、何をしていても頭の中がそのことでいっぱいでした。
仕事をしていても、家にいても、ずっと考えていた。

だけど、もう何を試してもダメで、何もできることがない気がしていました。
無力感だけが残っていました。

周りの子どもたちは普通に学校に通っているのに、自分の子どもだけが止まっている。
その現実を受け入れきれずに、ずっとどこかで比べてしまっていました。

「どうしてうちだけなんだろう」

そんなことを考えても意味がないと分かっていても、やめられませんでした。

同じことを何度も繰り返して、結局何も変えられないまま時間だけが過ぎていきました。

息子が暴力的になってきた頃が、一番限界でした。
実際に手を挙げることはなかったけれど、怒鳴る、物に当たる。それが続いていました。
日中は娘と二人きりの時間もあって、その怒りが娘に向かないか、ずっと心配していました。
息子のことも心配、娘のことも心配、自分はもう動けない。
あの頃は本当に、どこにも逃げ場がありませんでした。

今思えば、私も息子にイライラや怒りをぶつけてしまっていました。
それも影響していたのかもしれないと、今は思っています。

長期──落ち着いてきた風で、実はまだしんどい

少しずつ状況が落ち着いてきた頃、また別のしんどさがありました。

爆発的な辛さはなくなった。
でも、将来への不安がずっと消えなかった。

このまま学校に戻れなかったらどうなるんだろう。
社会に出られるのだろうか。
私がいなくなったとき、この子は一人で生きていけるのだろうか。

表向きは落ち着いてきたように見えても、頭の中では同じことをぐるぐる考え続けていました。

終わりが見えない苦しさが続き、
「一生こんな風に悩みながら生きていかなくてはいけないんじゃないか。」
そんな考えさえ浮かびました。

諦めたわけじゃない。
でも、どうすればいいかも分からない。
その宙ぶらりんな状態が、静かにしんどかった。

派手に辛いわけじゃないから、誰にも言えない。
「落ち着いてきたね」と言われるたびに、少し複雑な気持ちになっていました。

周りから見れば落ち着いてきたように見える時期でした。
でも、自分の中では何も解決していないままでした。

「このままでいいのか」という不安だけが残って、
はっきりした答えは何も出ないまま時間が過ぎていきました。

一番きつかったのは、中期でした

初期は怖かったけど、まだ「できることがある」と思っていた。
わずかな希望が残っていた。
長期は静かなしんどさがあったけど、子どもたちへの期待の形を変えていった。
現実を受け入れて、少しずつ前を向くことができていた。

一番きつかったのは、やっぱり中期でした。

息子との関係が壊れていって、施設に入れる決断をする前の頃。
何をしても上手くいかなくて、ただ空回りしていました。
その当時のことは、別の記事にまとめています。

「しっかりしなきゃ」と思うのに、動けない。 そのギャップが、またしんどかった。

私はあの頃、自分が限界だということにすら気づいていませんでした。
今思うと、子どものことを心配する前に、自分を少し休ませてあげればよかったと思っています。

あの頃のことを思い出すと、今でも少し苦しくなります。
それくらい、自分に余裕がなかった時期でした。

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