毒親育ちの私が子育てをして気づいたこと|不登校の背景にあったもの

実体験

私には、子どもに「好き」という感情が持てなかった時期があります。

もちろん我が子だから可愛いとは思っていました。
でも、「大好き」とは思えなかった。

世の中のお母さんたちは子どもに愛情を持っている。
だけど私はそうじゃない。
そんな自分が、欠陥品なんじゃないかと思って何度もネットで検索しました。

私には「育てられた」という感覚がありません。

子どもの頃、母は家にいないことが多かった。
仕事に行っていたわけではなく、遊びに行っていたのだと思う。

放置されることが多く、母親は私にとって守ってくれる存在ではなかった。
「お母さん」ってこういうものという感覚がありませんでした。

だから私には、育児のロールモデルがありませんでした。

本当は母親になる自信がなかった

正直に言うと、私は母親にならない方がいいと思っていました。
そう思うようになった理由は、別の記事にまとめています。

上手に育てられる自信がなかった。
何をどうすればいいのか、イメージすらできませんでした。
自分も母みたいになってしまわないかって、不安だった。

でも妊娠が分かって、産むことを決めました。

実際に産んでみたら想像より何倍も大変で、軽く考えていたことを後悔しました。

それでも、産んだからには必死で育てた。
「自分のような子どもにはしたくない」その気持ちだけはずっとありました。

理想を押し付けていた

育児の正解が分からない代わりに、私の中には「理想の母親像」がありました。

こういう親子でいたい。こういう子どもであってほしい。

理想は何一つかなわず、ずっとイライラしていました。

私は、子どものためじゃなく、自分の理想を叶えようとしていたんだと思います。

今思うと、その理想はとても曖昧で、自分にとって都合のいいものでした。

ちゃんと話を聞く子でいてほしい。
言ったことはすぐにやってほしい。
周りに迷惑をかけないでほしい。

そういう“理想の子ども像”が、いつの間にか出来上がっていました。

でも実際の子どもは、思い通りには動きません。

そのたびに、「なんでできないの?」とイライラしてしまう。
本当は子どもが悪いわけじゃないのに、できないことばかり目についてしまっていました。

理想と現実の差に、勝手に苦しくなっていたんだと思います。

「ちゃんとできる」と証明したかった

なぜそんなに理想にこだわっていたのか。
今振り返ると、自分自身に証明したかったんだと思います。

母みたいにならない。ちゃんとした母親になれる。

そうやって、自分に証明したかった。

でも子どもは、私の証明のための存在じゃなかった。
子どもには子どものペースがある。思い通りには動かない。
それが受け入れられなくて、ずっとイライラしていました。

できないことばかり見ていた

気づけば、あれもダメ、これもダメと言ってばかりでした。

「できたことを見よう」と思っても、どうしても目につくのは“できないこと”でした。

今振り返ると、子どもの問題じゃなくて、自分の不安だったんだと思います。
「ちゃんと育てられていないと思われたくない」そんな気持ちがどこかにありました。

例えば、朝の準備が遅いとき。

もう少し早くできるはずなのに、なんでやらないの?と思ってしまう。
できていることよりも、「遅い」「忘れる」といったことばかりが目についていました。

本当は、自分で準備をしようとしていたことや、途中まででもやれていたこともあったのに、それには気づけませんでした。

うまくいかないところばかりを指摘して、できている部分を見ようとしていなかった。

今思うと、子どもを見ているようで、自分の不安ばかり見ていたんだと思います。

自分の子ども時代と重ねていた

私は子どもの頃、愛情を感じることがほとんどありませんでした。

だからずっと思っていました。
「私の頃よりずっと恵まれてるのに、なんで言うことを聞かないの?」

でもそれは間違いでした。

私は「言うことを聞かないと捨てられるかもしれない」という不安で従っていただけ。
子どもたちは、そういう環境じゃなかった。
同じ基準で見ていたのが、そもそもズレていました。

子どもが言うことを聞かないのは、私への反抗じゃなかったのかもしれません。

安心しているからこそ、言うことを聞かなくても大丈夫だと思えていた。
そう思えるようになったのは、ずいぶん後のことでした。

子どもを好きになれなかった

愛情が自然に湧いてくるものだと思っていたのに、自分にはそれがなかった。
どうやって愛情を示せばいいのか、分かりませんでした。

子どもに好きだと言われても、なぜ母親を好きでいられるのか分からなかった。
私は物心ついたときから母を好きではありませんでした。

気づいたら、「子どもを生んだんだから育てるのは当たり前」という義務感で育てていました。
だから全部が重かった。
余裕がなくなって、子どもにもぶつけてしまう。
ずっとそんな状態でした。

何かあった時に「普通の母親」ならどうするのかが分からない。
誰かに相談しようにも、こんなことを話せる人もいなかった。
本当に孤独でした。

それでも変わっていった

今は違います。

子どもたちは大事で、守りたい存在です。
ちゃんと「大好き」と思えています。

変わり始めたのは、実家に戻って人間関係が少し落ち着いてからでした。

今思うと、ずっと自分が満たされていなかったんだと思います。
そのときのことは、別の記事にまとめています。

毒親に育てられた経験がプラスになったかと聞かれたら、正直ないと思います。
ただ、この経験を生かして同じ轍を踏まないように育てていくだけです。
子どもを自分のようにはしたくない。ただそれだけです。

不登校は、その結果だったのかもしれない

自分が母親に「育てられた感覚」がないまま母親になって、自分の中の母親像を作り上げ、理想だけを子どもたちに押し付けていた。

うまくいかないたびに、自分を責めて、子どもにもぶつけた。

私の中の理想の母親像と、子どもに押し付けていた理想。
うまくいかなかった結果が、不登校だったのかもしれないと今は思っています。
もちろんそれだけが原因ではない。でも、根っこにはそういうものがあったと思っています。

今、思うこと

今でも完璧な母親じゃありません。

正直、迷うこともあります。

でもあの頃よりは、子どものことが見えるようになってきました。

育てられなかったから育て方がわからなかった。
それは事実です。
でもそれを言い訳にせず、失敗しながら学んでいくしかなかった。

私もまだ途中です。
うまくできない日もあります。

それでも、前とは少し違っています。
それだけで、今は十分だと思えています。

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