子どもが学校に行かなくなると、親はどうしても焦ってしまいます。
このままでいいのだろうか。早く学校に戻した方がいいのではないか。
私もそうでした。
気づけば将来のことばかり考えていた
子どもが学校に行かなくなると、多くの親がまず思い浮かべるのは「将来どうなるのだろう」という不安かもしれません。
私も、気づけばずっと先のことばかり考えていました。
本当は、人生の中のほんの一時期のはずなのに、子どもの人生の大半が終わってしまったように感じることもありました。
このまま社会と関わらずに過ごしてしまうのではないか。
このまま一生、家から出られなくなるのではないか。
将来、働くことはできるのだろうか。
まだ起きてもいない未来を、現実のように感じてしまっていました。
周りと比べてしまう
同じ年齢の子どもたちは、毎日学校に通い、少しずつ成長していきます。
友達と遊んで、経験を重ねていく。
そんな姿を見るたびに、どうしても自分の子どもと比べてしまいました。
このままで大丈夫なのだろうか。
取り残されてしまうのではないか。
そう思うほど、不安は大きくなっていきました。
正しい対応を探していた
子どもが学校に行かなくなると、「正しい対応は何だろう」と考えるようになります。
初動を間違えると、このまま不登校が長引いてしまうのではないか。
私もそう思っていました。
学校の先生の話を聞いたり、インターネットで調べたり、本を読んだりして、とにかく「正解」を探していました。
でも、調べれば調べるほど、どれが正しいのか分からなくなっていきました。
無理に行かせてはいけないという意見もあれば、早めの対応が大切だという意見もある。
どちらも間違いではないように見えて、だからこそ余計に迷いました。
理由を知れば解決できると思っていた
私は、不登校になったのは「はっきりとした理由があるはずだ」と思っていました。
原因が分かって、それを解決すれば、また学校に行けるようになるのではないかと考えていました。
だから何度も聞きました。
どうして行きたくないのか。
何があったのか。
でも、思っていたような答えは返ってきませんでした。
娘には「分からない」と言われ、息子には「意地悪されるから」と言われました。
息子には「学校と話してみようか」と声をかけましたが、「いらない」と言われました。
理由が分かれば何かできると思っていたのに、結局、何もできませんでした。
焦りから、行動がずれていった
正解が分からないまま、気づけば考えるより先に動いていました。
嫌がる息子に服を着せて、無理やり車に乗せて学校に連れて行こうとしたこともありました。
泣いて抵抗されて、結局行けませんでした。
あのときの表情は、今でも忘れられません。
ゲームの制限を外す代わりに学校に行く、そんな約束をしたこともありました。
でも、どれもうまくいきませんでした。
今思うとどれも子どもの気持ちではなく、「学校に戻すこと」を優先した行動でした。
焦るほど、うまくいかなくなる
当時は、時間が経つほど復学が難しくなると思っていました。
だから早く動かなければいけないと思っていました。
でも実際は、焦って動いたことで余計にこじらせてしまったこともあったと思います。
子どもの気持ちを置き去りにしたままでは、うまくいくはずがありませんでした。
遠回りに見える時間の中で
不登校になると、どうしても早く元に戻したくなります。
でも、何も進んでいないように見える時間の中で、少しずつ変わっていくこともありました。
表情がやわらいできたり、少しだけ会話が増えたり。
当時の私は、そういう変化に気づく余裕がありませんでした。
私がやめたこと・変えたこと
焦っていた頃の私は、子どもを動かそうとしてばかりいました。
今思うと、子どもはもう自分で考えようとしていたのに、私はそれを止めていたのかもしれません。
でも、うまくいかなかった経験を重ねる中で、少しずつやめたことがあります。
朝、無理に起こすことをやめました。
学校の話を、こちらから持ち出すのもやめました。
「いつ行くの?」と聞くこともやめました。
ゲームについても、無理に制限しようとするのをやめました。
その代わりに、できるだけ普段通りに接することを意識しました。
特別なことをするのではなく、ただ一緒に過ごす時間を増やしました。
正直、これで本当にいいのか分からないまま続けていました。
でも、少しずつ、子どもの表情がやわらいできたり、会話が増えてきたりしました。
大きな変化ではありませんでしたが、
前より少しだけ、空気がやわらいだ気がしました。
何もできない時間が一番つらかった
それでも、不安がなくなったわけではありませんでした。
このままでいいのかと、何度も思いました。
何もしていないように見える時間に、耐えきれなくなることもありました。
それでも、焦って動いたときよりは子どもとの関係は少しずつ落ち着いていきました。
何かをやめるということは、「何もしない時間が増える」ということでもありました。
朝も起こさない。
学校の話もしない。
そうすると、本当に何もしていないような時間が続きました。
周りは前に進んでいるのに、自分たちだけが止まっているような感覚もありました。
何かした方がいいのではないか。
やっぱり動かした方がいいのではないか。
そんな気持ちが何度も頭をよぎりました。
でも、焦って動いたときにうまくいかなかった経験があったから、同じことは繰り返さないようにと思いとどまっていました。
何もしないように見える時間に耐えることが、
あの頃の私には一番つらかったのかもしれません。
あの頃の自分に伝えたいこと
もし、あの頃の自分に声をかけるなら、こう伝えたいです。
焦っても、どうにもならなかった。
焦るほど、子どもは心を閉ざしてしまうことがある。
大事だったのは、無理に動かすことではなく、隣にいることでした。
話したくないなら、無理に聞かなくていい。
動けないなら、動けるようになるまで待てばいい。
その意味が、あの頃は分かりませんでした。
学校に行けなくなって、一番つらかったのは子どもだったと思います。今は、少しだけそう思えるようになりました。
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