不登校の原因探しをやめたら、子どもとの関係が変わった

実体験

子どもが学校に行かなくなると、親はどうしても原因を探そうとします。
原因が分かればどうにかなると思ってしまうのかもしれません。

私もそのひとりでした。

今なら間違ったことをしていたと分かるのに、あの頃は分かりませんでした。
見つからない答えをずっと探し続けて、自分を責めていました。

どうしても原因を探してしまった

子どもが学校に行けなくなったとき、私は理由を探しました。

「理由が分かれば、私がなんとかできる」と思っていました。
何もできないままでいるのが、一番怖かったのかもしれません。

「どうして学校に行けないの?」
「何で行きたくないの?」

何度も聞いてしまっていました。
息子はそのうちに怒り出すようになりました。
娘は最初のうちは「分かんない…。」と言っていましたが、
そのうちに黙り込んで余計に何も言わなくなっていきました。

いじめがあったのかもしれない。
学校で何か嫌なことがあったのかもしれない。
それと同時に、「家庭のせいなんじゃないか。」とも思っていました。

どうしたらいいのか悩み、ネットで検索したこともあります。
色々検索結果が出ても、書いてあることがバラバラで、何を信じたらいいのか分からなくなりました。
結局せっかく調べたのに、検索でしてはいけないと出ていた内容と真逆の対応をしてしまっていました。

考えれば考えるほど、答えは出ませんでした。

答えが出ないまま、自分を責め続けた

原因を探しても答えが見つからなかったとき、今度は自分を責めるようになりました。
「私の育て方が悪かったのかもしれない。」

周りの人も、私のせいだと思っているんじゃないか。
そんな気持ちになることもありました。

当時よく言ってしまっていた言葉があります。

「ママは疲れてるから話したくない。あっち行ってて」

仕事で疲れて、家に帰ってきても思うように家事をこなせない。
何もかも上手くいかない。
イライラしたくないのにイライラしてしまう。
ひどい言葉を投げつけてしまうこともあった。

私の中では子どもと距離を取っているつもりでした。

その言葉を言った後に、子どもがどんな顔をしていたか覚えていません。
きっと見れていなかったんだと思います。

当時の私にはとにかく余裕がありませんでした。
自分のことで精一杯で子どもと向き合う余裕がありませんでした。
そのときのことはこちらに詳しくまとめています。

何もできないまま過ぎていった日々

仕事から帰ると、ほとんど自室にこもっていました。
子どもが話しかけてきても、正直しんどかった。
そっとしておいてほしかった。

子どものことを考えなきゃいけないのに、考える気力もなかった。
やらなきゃいけないことも、やりたいこともできないまま、毎日が過ぎていきました。

もう私には子どもに対して向き合う気力が残っていませんでした。

仕事が終わっても家に帰るのが本当に憂鬱だった。
子どもに話しかけられても「なんで今話しかけてくるのかな」って思っていました。

そして、そんなふうに思ってしまう自分が嫌でした。

子どもの不登校をどうにかしなきゃと思っているのに、自分が動けない。
今思うと、あの頃の私は限界に近かったんだと思います。


「私のせいかもしれない」と思ってしまう理由

今振り返ると、親が自分を責めてしまうのは自然なことだと思います。

子どものことを大切に思っているからこそ、「自分のせいかもしれない」と考えてしまう。
でも、いくら考えても答えは出ませんでした。

むしろ気持ちがすり減っていって、子どもと向き合う余裕までなくなっていきました。

自分を責めることが、子どものためになるとは限らない。
今はそう思っています。

当時の私は、「原因を見つけて解決しなきゃいけない」と思い込んでいました。
何か間違いがあって、それを正せば元に戻るはずだと考えていたんです。

でも実際は、原因が分かったとしても、すぐに何かが変わるわけではありませんでした。
むしろ、原因を探そうとするほど、目の前の子どもの状態を見る余裕がなくなっていきました。

「どうしたら元に戻るか」ばかり考えていたけど、本当は“元に戻すこと”にこだわりすぎていたのかもしれません。

学校に行けていた頃の状態に戻すことばかり考えていたけど、子どもはもうそのときとは違う状態でした。
同じやり方でうまくいかないのも、当たり前だったのかもしれません。

そう思ったときに、やっと少しだけ考え方が変わりました。

「元に戻す」よりも、「今のこの子にとってどうしたら楽になるか」を考えた方がいいんじゃないかと思うようになりました。

そう思ってから、少しずつ関わり方を変えていきました。

本当に些細なことから始めました。
朝起きたら必ず挨拶をする。
帰ってきたらただいまって言う。

そんなきっと当たり前のことなんだけど、今まで出来てなかったことから始めました。
他にも変えた行動はこちらにもまとめています。

子どもとの時間が、少しずつ変えてくれた

最初は現実逃避に近かったと思います。
でも一緒に出かけたり、同じ時間を過ごすうちに、少しずつ気持ちに余裕が出てきました。

映画を見に行ったり、動物園に行ったり。
同じものを見て、一緒に笑う。
帰り道で感想を言い合う。

そのとき「久しぶりに普通に過ごせたな」と感じました。

ぎくしゃくしていても、その時間が少しずつ気持ちをほぐしてくれました。

何気ない会話ができたとき、「前と違うな」と思いました。

あの頃の私は、「正しい対応」を探すことばかり考えていました。

でも、やめました。

正しい対応より、一緒に過ごす時間を優先するようにしました。

子どもにとって必要だったのは、正しさよりも安心感だったんだと思います。

あるとき、
「原因が分かっても、この子が今しんどいことは変わらない」
「学校に行きたくない」ってことだけが事実なんだと思ったんです。

今でも、あのときの対応が全部正しかったとは思っていません。
それでも、あの頃より子どもと話せるようになりました。

あの頃欲しかったのは、答えじゃなかったのかもしれません。
今なら、そう思えます。

もしかしたら今も、同じように答えを探し続けている人がいるかもしれません。
でも、答えが見つからなくても、関わり方は少しずつ変えていけると思います。

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