息子が学校へ行くのを渋り始めたのは、小5の時。
最初は月に1~2回くらいの頻度でした。
そのときはまだ「休みたいときは休ませればいいか」くらいに軽く考えていました。
でも回数が増えてくると焦りが出てきて、
あれ?なんかおかしいと考え始め、
「学校を休ませないようにしなきゃ」という気持ちが止まらなくなっていきました。
そのとき私がやったのは、ゲームの取り上げです。
「学校に行かない日はゲームはなし」と一方的に説明してしまいました。
結果、親子関係は悪化。
態度は反抗的になり、全く言うことを聞かなくなってしまい、
息子はゲームが出来ないと私の仕事中に何度も何度も電話をかけてくる始末。
お互いに追い詰められていきました。
当時はどれだけ考えてもその方法しか思いつきませんでした。
でも今は、間違いだったとわかります。
間違いに気づいたのは時間が経ち、家族関係が少しずつ回復していく中でのことでした。
この記事では、不登校の初期に親がやってしまいがちな行動について書いています。
正解を教える記事ではなく、当時の自分への後悔も込めながら、
同じことをしてほしくないという気持ちで書きました。
不安のまま、すぐに行動しようとすること
私がゲームを取り上げたのも、「私が」不安に耐えられなくなったからでした。
当時の頭の中にはこんな考えがありました。
「ゲームがしたいから学校を休んでいるんじゃないか。ゲームができなければ学校に行くだろう」と。
学校に行っていたらゲームはできないんだから、休んでゲームをしているのはおかしいだろう。
とも思っていました。
今思うと、そんな単純な話ではなかったのですが、当時はそう見えていました。
「このまま休ませていていいのか」
「甘やかしているんじゃないか」という気持ちが積み重なり、
「何かしなきゃ」という焦りが行動に出ていました。
子どもを追い詰めたかったわけじゃない。
ただ、自分の不安を早く消したかっただけだった。
周りの目を気にし、何か行動していないと落ち着かなかったのだと今は思います。
不登校の初期は特に、親の焦りが行動に直結しやすい時期です。
動く前に一度だけ「これは子どものための行動か、自分の不安を消すための行動か」
と立ち止まれると、少し変わるかもしれません。
「このままでは」と最悪の未来を先回りして考えること
子どもが学校に行かない日が続くと、頭の中は自然と未来へ飛びやすくなります。
私の頭の中にあったのはこういう不安でした。
- このまま引きこもりになるんじゃないか
- 働けないんじゃないか
- 一生扶養していかなくてはいけないのか
その不安が積み重なって、子どもに言ってしまったことがあります。
「このまま家にいて将来どうするの」
「このまま家にいても自立できないよ」
「一生面倒を見る気はない」
今思うと、これは子どもに向けた言葉じゃなくて、
自分の不安をそのままぶつけていただけでした。
子どもはその言葉をどう受け取っていたか、考えると今でも胸が痛いです。
将来を心配するのは当然のことです。
ただ、未来の不安が強くなりすぎると、
“今の子どもの状態”より”まだ起きていない未来”を基準に動いてしまうことがあります。
今日の子どもが少し笑っていても、「でも将来が…」と打ち消してしまう。
そうなると、目の前にある小さな変化を見逃しやすくなります。
周りの正解や成功例と比べてしまうこと
不登校について調べ始めると、たくさんの情報が目に入りました。
私がしんどかったのは、まず学校の先生からの連絡。
毎日のように「様子はどうですか」「学校来れそうですか」と連絡が来て、
そのたびに「行かせなきゃ」という焦りが強くなっていきました。
これは先生を責めているわけではありません。
当時の私が「今は私もしんどいので少し配慮してほしい」
と先生に伝えられていたら少し違ったかもしれない、と今は思います。
ネットで調べると、また別の混乱がありました。
「初動が大事」という記事もあれば、「無理に行かせない方がいい」という記事もある。
どちらが正しいのかわからなくて、どんどん迷子になっていきました。
ゲームの制限についても、
「ごねても意見を曲げてはいけない、ごねれば親が言うことを聞くと学んでしまう」
というアドバイスを聞いて実践しようとしました。
でも延々と電話を鳴らし続ける息子に参ってしまって、結局続けられなかった。
続けられなかった自分を責めた時期もありました。
情報が多いほど、「正解に近づいているかどうか」が判断の基準になっていきます。
でも本当は、目の前の子どもをよく見ることの方が大切だったと、今は思います。
子どもの問題と、親自身の不安を切り分けられないこと
子どもが不登校になると、親の不安は自然と膨らみます。
私もそうでした。
将来への不安を勝手に膨らませて、それをそのまま子どもにぶつけていました。
「将来どうするの」と何度も聞いた。
子どもの返事はいつも同じ。
「聞きたくない」「そんな話したくない」と怒っていました。
今思うと当然だと思います。
子ども自身自分でもどうしたらいいか分からない状況で、
今この瞬間がしんどいのに、まだ来ていない将来の話をされても、
子どもには答えようがなかった。
私が話していたのは、子どもの不安を解消するためではなく、
自分の不安を吐き出すためだったんだと思います。
子どもの問題と、親自身の不安は、切り分けて考えることが難しいです。
特に余裕がないときほど、どちらに向けた言葉なのかが分からなくなります。
「何もしない=悪いこと」だと思い込むこと
学校に行けない子どもがだらだら過ごしているのを見ていると、
「このままでいいのか」という気持ちが強くなってきます。
私はとにかく、だらだらと生活されるのが嫌でした。
昼夜逆転しないように、夜きちんと寝させようとして、夜のゲームを制限しました。
息子はよく「明日は学校に行くからゲームの制限をなくして欲しい」と訴えてきました。
何回か信じて試してみたけれど、結局一晩中ゲームをしてしまい、朝は起きれない。
もちろん学校には行かない。
それが何度も繰り返されて、そのたびに失望していました。
今思うと、あの制限は息子のためというより、
「ちゃんと対応している」という感覚を自分が持ちたかっただけだったかもしれません。
何もしないことへの罪悪感が、行動を駆り立てていました。
“待つこと”は”放置”ではありません。
ただ、不安が強いときほど、その違いが見えにくくなります。
まとめ
不登校の初期は、親の不安が行動に強く影響しやすい時期です。
私自身、ここに書いたことを全部やりました。
その後、家族関係は一度かなり悪化して、時間をかけて少しずつ回復してきました。
あの時は見ることが出来なかった子どもたちの笑顔を見て幸せを噛みしめています。
今になってわかることがたくさんあります。
でも当時の自分を責めすぎないようにもしています。
あのときはあれしかなかった、と思っているから。
一つだけ伝えるとしたら、
「今すぐ何かしなければ」という焦りは、
子どものことより自分の不安を映していることが多い、ということです。
その焦りに気づけただけで、少し立ち止まれることがあります。
この記事が、今まさに悩んでいる親御さんの、ほんの少しの安心につながれば嬉しいです。

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