子どもが不登校になると、
「どうしてこんなにゲームばかりするのか」と悩む方は多いと思います。
私の息子もそうでした。
一日中ゲームをしていて、食事もまともに取らない。
どうしてここまでのめり込んでしまったのか分かりませんでした。
今振り返ると、その背景にはいくつかの原因があったと感じています。
子どもが小4と小3のとき、私はある男性と一緒に暮らし始めました。
実家に戻って母と住んでいたけれど、折り合いが悪くて、子どもたちにも影響が出ていた。
一人で育てる自信がなくて、誰かに頼るしかありませんでした。
一緒に住むには転校して引っ越さなきゃいけない。
不安が強すぎて、正常な判断ができなくなっていたんだと思います。
誰かを頼りたい気持ちでいっぱいでした。
最初から地雷だったけど、気づけなかった
今思えば、最初から地雷だったと思います。
割とすぐに結婚をにおわせてきた。
一人で育てることへの不安が強かった私は、それを疑うことができませんでした。
一緒に住み始めてから少しずつおかしいと感じることが増えていきました。
私が作った食事をまずいと言って、自分の母親のレシピと同じように作らせる。
家事は一切しない、ゴミすら捨てない。
なのに文句だけは言う。
私のこともけなす。
喧嘩になると「別に家事くらいできる」と言われたけれど、一緒に暮らす前はゴミ屋敷でずっとコンビニご飯だったのに。
お出かけもめったにしてくれなかった。
外から見えていたものと、一緒に住んでから見えてきたものが全然違いました。
子どもたちへの影響
一緒に暮らすようになって、子どもたちへのルールが増えていきました。
21時には寝ること。ゲームもテレビも禁止。
「やることをやっていないのにさせない」と言い出して、可哀想だからこっそりさせていたらばれてひどく怒られた。
それからはさせられなくなりました。
でも自分は子どものゲームをやっていました。
それだけじゃなく、いつも私の子どもとモラハラ彼の子ども(離婚して元嫁が育てていた)を比べられていました。
「あっちの子はしっかりしている、私の子はできない」と言われ続けた。
元々子育てに自信がなかった私は、「躾ができていないから仕方ないのかな」と思ってしまっていました。
今思うと、そう思わせられていたんだと思います。
なかなか別れられなかった
おかしいとは思っていたけれど、なかなか区切りがつかなくてずるずると暮らしていました。
よくある話ですが、悪いところばかりだったわけではなく、いいところも優しいところもありました。
もちろん子どもに対しても。
そのわずかな優しさが私の目を曇らせてしまいました。
私が一方的に尽くし続けることにも、だんだん疲れ始めていました。
別れるきっかけの決定打になったのは、コロナが流行っていた頃のことです。
体調が悪いのに病院に行ってくれなくて、医療従事者だった私は感染すると周りに迷惑をかけてしまうため困ると伝えました。
そうしたらそんなんだったら「出てけ」と言われた。
たぶん、そう言えば黙ると思っていたんだと思います。
自分から離れていくわけがないと思ってたんでしょう。
本当は何もかも制限される子どもたちに対してもずっと可哀想に思っていた。
私は家を探して出ていきました。
子どもたちに申し訳なかった
あの2年間、子どもたちにとってどんな時間だったか。
ゲームもテレビも禁止で、比べられて、窮屈な思いをさせてしまいました。
ゲームを禁止されていた反動が、後のゲーム依存につながっていったと今では思っています。
そのことは今でも申し訳なかったと感じています。
自分が一人で育てることへの不安から、子どもたちを巻き込んでしまった。
不安で盲目になっていたとはいえ、あの選択は間違いだったと思っています。
私がもっとちゃんとしていたら子どもたちにあんな想いはさせなくて済んだのに。
今だったらそう思えますが、あの時の私はまだ気づくことが出来ませんでした。
あの経験があったから、今は「自分の不安を理由に動くことの怖さ」を身をもって知っています。
別れた後、また別の苦しさが始まった
モラハラ彼と別れて、解放された感じはありました。
ただ、子どもたちは少しわがままになった気がします。
それまで抑圧されていた反動だったのかもしれません。
私の方は、一人で頑張らなきゃいけないという不安と、金銭的な負担が増えたことで、少しずつ余裕がなくなっていきました。
仕事も忙しくて、子どもの相手をする暇もない。
その頃から、息子はどんどんゲームにのめり込んでいきました。
息子は娘とも喧嘩ばかりしていて、文字通り荒れているという感じでした。
ゲームを禁止されていた反動、私の余裕のなさ、抑圧されていた環境からの解放。
いくつかのことが重なって、息子のゲーム依存は深刻になっていきました。
モラハラ彼との生活が直接の原因とは言い切れません。
でも、あの時期がなければ違う展開があったかもしれないと、今でも思っています。
息子のゲームへの執着は、明らかに普通じゃなかった。
食事の時間以外はずっとゲームをしていて、ご飯を出してもすぐ「お腹いっぱい」と言って残してしまう。
見るからに痩せてきていました。
調べると「取り上げるのは良くない」という記事も多くて、でもこのままほっておいたらゲーム廃人になるんじゃないかという焦りもあった。
取り上げるのも良くない、でもこのままでも良くない。
その板挟みがずっと続いていました。
取り上げたり、時間制限したり、話し合ったり。
思いつくことは全部試したけれど、どれもうまくいかなかった。あの頃の息子は、取り憑かれたようにゲームに執着していました。
生活を整えるために長期休みに入院してはどうかという話も出たことがありました。
でも結局うやむやになってしまいました。
今思うと、入院したとしても当時の親子関係のままだったら、帰ってきたら元通りになっていたと思います。
問題はゲームだけじゃなかったから。
そしてしばらくして、息子は学校に行かなくなりました。
学校に行かずにずっとゲームをしている状態でした。
ゲーム依存と不登校が重なった時期の話は、また別の記事で書こうと思っています。
この記事が、同じように不安の中で誰かに頼ってしまいそうになっている親御さんの、少しの立ち止まりになれば嬉しいです。


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